はてなダイアリーでは「へぴゅーNT/というわけで(ry」だった何か。
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embroilment

瞬間圧殺された記憶を掘り起こして書く

ここ1週間くらいのことについての寝言じみた何か

29日の夜遅くに起こった出来事で、30日も巻き添えを食って(実は)まともに物を考えられないまま5月の連休に入ってしまった(そして気がつけば連休も2日ほど経ってしまった)。


しかしどうもおかしい。
いくら29日の出来事がショックとはいえ、こんなにダメージを食らう必然性がない。
30日に若干連鎖して気の滅入るような事が起きたとはいえ、それをあわせてもこんなにひどくなるはずがない。
いったい何をそんなに滅入っているのかと思ううち、29日の直前に見聞きしたいくつかの(不運な)出来事が完全に意識の外に行ってしまっていることに思い当った。
本来ならこのいくつかの出来事についてじっと思いを巡らす時間を用意するはずが、29日に降りかかった出来事で上書きされてしまってそのまま存在を忘れてしまった&出来事からのストレスだけを無意識に感じていたという、今までにも何回かはまったパターンに、またはまってしまったらしい。


そんなわけで、晴れて「何について思おうとしていたか」を思い出したので、ここに寝言じみた何かを記す。

  1. 修士出の同期が入社した会社が倒産した。
  2. 自分が修士1年から博士1年まで奨学金を借りていた団体が解散した。
1について


最初のはもう数か月も前の話で今更な感じが拭えないが、自分が知ったのが4月27日である以上しかたない。
自分が学部〜博士、そしてポスドクもどきとして過ごしているこの研究室の歴史上、この修士出の同期は「真の一期生」(自分は「居候一期生」*1)で、「研究室にオレンジ色の冷蔵庫が来ることが決まった日」について共に語れる唯一の人物でもある(一応持ち上げたつもり)。

  • こういうことを書いていると、これまた数か月前のように「こんなところに書いてないで、どうして本人に連絡しないんですか!!」とか言われそうだ。しかし残念ながら今回はあの件よりもっと簡単に反駁できる。

また、会社そのものについても、なぜか前触れもなく企業説明CD-ROMが自宅に送られてきたことがあり*2、それなりにどういう会社なのか知っていただけに、ショックは大きかった。

  • 当時非常に上り調子で、2005、2006と立て続けに新卒を採りまくろうとしていた。確か数年で6割以上が入社3年以内の新入社員になってしまうような計画だった。随分と思い切ったことをするな、これは飛躍か大失敗のどちらかだと当時は思ったものだった。
    • 「大量採用」「博士も採用*3」「大学名やや重視」の3点で、博士後の行き先として見ていた面もあった。業務内容にもう少し興味が持てたら、修士の時点で真面目にエントリーしたかもしれない。

何がどうなっているのか、おそらくmixiあたりをうろうろすれば本人はつかまるのかもしれないし、あの会社には知り合いの助教の方の同期もいるそうなので、様子をうかがうのはおそらく難しくない。
しかし、今実際自分にできるのは状況が悪くならないよう祈ることだけで、詳細を知らなくても祈ることはできる。*4
よって、今はただ少しでも状況が好転していくよう祈ることにする。
少なくとも、祈ろうとする意思が自分にあることをここに記す。

2について


そして後者の「解散」については、ただもう、呆然としかしようがない。
なにせこの団体はただの奨学団体ではない。TK大の設立に深く関わったとして学内に像すら立っている某人物の苗字を冠した、由緒ある団体だ。歴史も80年、いや90年はある。
奨学金も額こそ多くないしあくまで貸与ではあったが、自分の所の大学の学生を優先的に採用し、募集時期が非常に遅く、枠もそれなりにあってしかも無利子とくれば、他の奨学団体にあぶれた学生が滑り込むのには持って来いの民間奨学金だった。むしろ、あの大学が自前で持っていた唯一の奨学金と言ってもよかった。
いったい、2年の間に何があったのか、自分には全くわからない。今奨学金を受けている人はいるのか、これがいつ決まったことなのか、何も知らない。
そもそも「解散」が具体的に何を意味するのか、奨学金業務を完全にやめてしまうのか、あの団体がやっていた他の業務はどうなってしまうのか、たった2枚しかない書類からは何もうかがいしれない。
今後の業務は大学事務が引き継ぎますと書かれた紙の、担当メールアドレスのドメイン名を見ながら、ぼんやりとあの西8号館の厚生課のカウンターを思い浮かべつつ、


ああ、また、ここと連絡を取ることになるのか
切れないものだな


とだけ、思うのが精一杯だった。

  • こちらは丁度奨学金の返済開始ともかぶるので、続報なり連絡なりが勝手に向こうから飛んでくるだろうから、じっと待つことにする。大学の近くにいれば何かのついでに尋ねることもできたかもしれないが、それすら出来ない場所にいる以上、ただ待つしかない。
おわりに

以上、この二つが自分の中で知らないうちに重しとして機能し、自分に直接降りかかった29日の件を増幅していたらしい。
今はとにかく、早いうちに思い出して対処できただけでよかったと思うことにする。


というわけで(ry

*1:ポスドクに対するポヌドク的ポジションと言えるかもしれない。

*2:記憶では、上の同期含め周りに自分以外でこのCD-ROMを受け取った人はいなかったと思う。なぜ生命系の自分に、コンサル業っぽいとはいえ機械系の会社から案内が来るのかまったくわからなかった。受け取った時には、てっきりすべてのTK大生に送っているのだと本気で思っていた

*3:うろ覚えだが確かMかDかはさほど問題にしていなかったと思う。もしかしたら間違っているかもしれない

*4:これは「反駁」のひとつになりうると個人的には思っている。連絡を取るだけが価値ある行動では、断じてない。