はてなダイアリーでは「へぴゅーNT/というわけで(ry」だった何か。
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「バイオカッコ笑いは暗闇の洞窟」

乗り遅れ気味に何も考えずに

大いに乗り遅れ、というより運良く日がたつ前に見つけたので何となく。
Re:Re:プログラマーに比べ、バイオ研究者に飛び抜けた才能が現れない理由のひとつ - ミームの死骸を待ちながら
興味拡散自爆系大学院らいふ - ミームの死骸を待ちながら


よーくよーく日記を読むと見たことのある授業名とか専攻名とかがあってあわわあわわ。

  • 上に書かれているバイオインフォの授業(生命の方・オムニバス形式)にはずっとうちの先生も名前が入っていたんですが、今年はどうなのか不明。情報の方は(A先生がこの大学に移ってきて)去年か今年できた授業と推察。
    • 両方取ると理解が深まるというより、生命のバイオインフォシリーズ「最初の方に話す人」と「最後の方に話す人」の温度差をより激しく感じるということなのでは。


まあ、実に久しぶりに、こういう話題で少し戯言を。

  • もともとは情報屋になろうとして情報工学科とか受験してたわけだし、途中から生物に転類したわけだし、中間地帯のバイオインフォ(笑)で学部4年〜博士3年まで一応来てるんだし、ちょっとは何か言ってもいいだろう、と自分を励ましつつ(謎)


なんというかですね、まず、バイオバイオと言うけれど、バイオサイエンスとバイオテクノロジーがいっしょくたなんじゃないのかなあという最初の疑問があるわけです。


でもって、バイオテクノロジーとプログラミングは(同じ工学として)まあ同列に比較できるとして、なんで前者にきらりと光る人材が現れないかと言うと


「生き物はなまものだから」
「生き物は人間が作ったものではないから」


再現とる、ってのの難しさが半端ないのが生物だと思っています。同じ条件でやっても昨日と今日でなぜか結果が違う。
なぜか?それはたとえ全く同じ行動をしても、あなたの機嫌が昨日と今日で全く一緒にはならないのと、根源的には同じ(なんじゃないかと思ってみるわけ)です。
しかも結局のところ、生き物は自分で作った訳じゃないので「内部を解析しつつ改良」になってしまって、工学することに集中できない。
よその誰かが、人間の理屈にのっとらずに作ったブラックボックス、中身が分からんものをどういじるんですか?というレベル。
どんなに生命倫理をぶち破ろうがお手軽子供向け実験キットができようが、現在のバイオの知識じゃあ、


「この改造、うまくいくと思ったのにうまくいかないよ!」
「そりゃあ、未知の因子が絡んでんじゃないの?まずそれを何とかしないと」


で終了。
そりゃ、うまいこと条件いじれば良い結果残せないこともないですけど、範囲限られてるのは言うまでもないですし、「良い結果を全力で目指して、そのためなら手段を選ばない」くらいでないと、何にも出せないのが今のバイオテクノロジーじゃないかと。プログラミングでソースコピペしていつでも誰でもHello World出せてちょっと幸せ、というのとは似ても似つかない。


さらに、バイオサイエンス(同じ理学で比較するなら物理でしょうか?)に突出した人が現れにくいのには、さらに


「生き物は半端なくややこしいから」


という現実があるのだと勝手に思っています。
変なたとえですが、物理が一本の毛糸の輪であやとりをするのであれば、生物はからまって玉になった毛糸であやとりをしようとしているようなもので、まず絡まりを解かないと何もできない。スタートに立てない。
物理学が「ここにシンプルな一本の毛糸で出来た輪があるとする。まずはここから始めよう」と言うとき、生物学は「みんなでつついたら毛玉がちょっとほぐれて、短いけど毛糸が取り出せました。なんか出来そうかも」とか言っている。生物学で「一本の毛糸」を持ちだした人間はもはや生物学でなくて、生化学という似て非なる分野になってしまう。


そんな訳で、生物学では(通常他の分野ではあまり触れられない)人海戦術が有効だったり、手の器用さが問題になったりするのでは、と。


あと、シミュレーション(ほかdry系全般)について、なんとなく一つ。


シミュレーションは時として、実験の予備調査な位置づけになり、実験に覆され、実験にあうよう修正し、実験に収まるように奮闘することになる


という、非情な現実があるのを忘れてはいけないと思います。

  • 実験不可能なところをシミュレーションで攻めるのはありでしょう。でも、万が一実験手法が進化したら?
  • 前に、実験系の人が「システムバイオロジー」に期待を寄せていたのでその理由を聞いてみると、「シミュレーションで実験をしなくても結果が予測できる」ようになるからだと言われたことがあります。しかし精度の高いシミュレーションをするためには周辺の実験データがなければ厳しいし(正答率100%のシミュレーションは100%の実験データがなければ達成不可能)、どんなにシミュレーションがすごくても実験結果でない以上(仮)がつくのだけども、それでもいいのか?と言ったところ、黙られてしまいました。
    • 実験家は実験できるところはすぐ実験してその眼で確認します(それが彼らの最大の強みだとこちらからは見えます)。ある1つの素晴らしいシミュレーション結果を得るのに100の実験が必要だと言われたら、たぶんその100の実験には取り組まずに、実験で生の結果を得る道を探るのではないでしょうか?


適当に書いたつもりが長々と。いい加減荷物まとめに戻ります。嗚呼名古屋名古屋。