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アメリカから荷物が着いたついでに、前の職場を振り返ってみる(1)

前回の日記から1ヶ月と1週間強が経ったわけですが、国内での引越&それに伴う様々な手続き&アメリカからの荷物受け取りをこなして、ようやく落ち着きつつあります。

  • 採用通知も健康保険証も無事届いて、最初の給料もちゃんと振り込まれて、身分が不明な状態と深刻な日本円欠乏状態から脱したが、職員証だけがまだ来ない。そして迫り来る任期終了の3月末。ちなみに臨時入構証は先月末で期限切れたまま放置されている。
    • 現職員証を手にする前に、来年度の職員証の発行手続きの案内を受け取ったときのこの何ともいえない感覚…。

Twitterでも一度呟きましたが、現職場は環境としては前職場の数倍から数十倍、ときに数百倍以上よく、何の不満もありません。
あまりに不満がなくて楽しい日常なので、自分としてはいろいろと愉快でなかった*1前職場の事を急速に忘却しつつあります。

  • しかし、このまま忘れ去ってしまうのも勿体無いので、さしあたっては今思い出せることを、なるべく全般的なことから書きとめていくことにする。本当に書きたい、個人的な心境までたどり着けるかどうかは謎。


さて、特定を恐れずに書くと、前の職場はアメリカNIHの中でもバイオインフォマティクス分野に特化したセンターで、この分野の世界的拠点といって差し支えない場所でした。
実はNIHにいる同じ生命科学ポスドクでも、分野が違うと名前を知らない人が意外といるのですが*2、このセンターの管理下にある『世界でおそらく唯一にして最大の、生命科学系文献データベース』の名を出せば、生命系の人はまず間違いなく反応します。

  • ぼんやりした顔が、その名を出した瞬間ぱっと明るくなり、そして徐々に驚きが混じったものへと移る、あの表情の変化を何度も目にすると、だんだん言うのが申し訳なくなってくる。出来ればセンター名の時点で気づいて欲しい…。


このセンターですが、内部的には3つの部門に分かれており、それぞれ研究部門、開発部門、内部インフラ部門という位置づけになっています。そして、まずここで言わないといけないのが、各部門、特に研究および開発部門の規模です。
全世界にサービスを提供し、世界の生命科学を強力にバックアップするいわば生命科学のインフラであるところのこのセンターで、最大の規模を誇るのは当然、サービスを維持し改良する開発部門であって、間違っても研究部門ではありません。
しかし、科学の傭兵または科学の派遣社員であるところのポスドクを採用するのは研究部門であって、開発部門ではありません。*3

  • 誤解を生まないために正確に書くならば、開発部門には学位取得後5年未満のいわゆるPostdoctoral Fellowはほぼ皆無で、ほぼ全員がEmployeeとなっている(ソースはNIHのGlobal Address book)。ただし、Employeeの中には常勤職員のStaff Scientist以外に、Research Fellowと呼ばれる学位取得後5年以上が経過したポスドクのような人も混ざっているので、必ずしも開発部門が全て正規の常勤職員で占められているとは断言できない。
    • たぶんこの辺のことは、ちゃんと聞けば教えてくれるんだろうけれど、ポスドクフェローがほとんどいないと分かった時点であまりの構成比の違いにショック受けてどうでも良くなってしまった。
    • 普通に考えれば、サービス提供部門は常勤の人々が粛々とメンテを行っているべきで、ポスドクの出る幕はなくて当然なのだけども、これが意外と他所ではそうでもないらしく(ry

この時点で、このセンターに来たポスドクは「世界最大の拠点に来たんだけど実は立場の弱い部門配属」という事実に直面するわけです。

  • ポスドクの間では「予算がカットになったら縮小されるのはまず研究部門、その中でも最初に切られるのはContractor(外部の契約社員)、次は我々ポスドク…」というのが、共通認識だったように思う。特に、自分が赴任した2010年は、その次の年辺りで予算が厳しくなり、実際にContractorの解雇があったようだ。ポスドクの採用も1年ほど控えられていたはず。世界最大拠点だけど普通に世知辛い。*4


次に、この研究部門がどういう組織なのかですが、それを端的に表す言葉は「フラット」でしょう。
他のNIHのセンターと違い、ここでは研究室や研究グループという意識が希薄で、ほぼ全員が「このセンターの研究部門のスタッフ」という肩書きしか持っていません。もちろん、便宜上いくつかのグループに分かれてはいますが、そこのラボヘッド(Senior Investigator)が他のスタッフ(Staff Scientist)より常に偉いかというと全くそんなことはなく、いわゆるラボヘッド級の人が普通にただのスタッフとして誰かのグループに居たりします。
こういう組織になったわけははっきりしませんが、おそらくこのセンターがまだ設立30年未満なことに加え、立ち上げに関わった人たちが当時まだかなり若く、30年近くたった今でもまだトップとして現役なあたりに理由があるように思います。

  • 立ち上げの人たちの間や、黎明期の頃に赴任してきた人たちの間で上下関係を設定するような動きがなかったので、そのままここまで来たのだろうと推察されるが、詳細は謎。
  • もちろん一部のスタッフの間では年齢(経歴?赴任時期?)か何かのファクターで、ぼんやりと上下関係が構築されているのだけど、これが肩書きとして可視化されない。実際にプロジェクトの動きを見ていたりすると、命令系統で誰が上で誰が下かはすぐ分かるが、逆に言えば、見なければ絶対に分からない。

自分の前ボスもあるとき、言っていました。
「うちのセンターはね、他と違ってフラットで凄くいいんだよ!
…あ、うちらにとってはね。」
そう、スタッフであれば、ね。


こういうフラットな組織に下っ端のポスドクとして赴任すると、誰がどこにいて、どういう経歴で、どれくらい凄くて、何をしているのか、ということがさっぱりわかりません。

  • ちなみに、「スタッフはみな平等でポスドクはその下」という構造は古代ギリシャを彷彿とさせると退職してから気づいた。

この組織構造に、物理的な建物の構造が追い討ちをかけます。このセンターは各フロアーが一つの大きな部屋で出来ていて、その大部屋の中をパーティションで区切る事で一人一人に割り当てるブース、キュービクルを作っています*5。唯一の例外は各フロアの窓際に少数設けられた個室で、これらの個室はだいたいスタッフの中でも上の方の人に割り当てられています。
つまり、全ての個人がどこかの階の個室かキュービクルに適当に配置されているので、個室持ってる人は偉いんだろう以外の推測、たとえば「あの人はXXグループの部屋に入っていったから、XXの所属だろう」といった推測は、全く出来ません。

  • 最近、キュービクルをグループごとにまとめようと頑張っているらしいが、果たして。
  • ついでに、お茶部屋や給湯室的な場所もないので、誰かの雑談が聞こえてきてそれと分かる、というケースもない。これは自分が英語話者でないので、そんなに簡単に聞き取れないのもあるけれど。

極め付けが、この組織ではポスドクの方がスタッフより少ないという事実です。前述の通り、開発部門ではポスドクはほとんど居ませんが、研究部門だけでもポスドクはスタッフに数で負けています。*6
数で負けるとどうなるか。組織の方向性を決定するのがスタッフで、人数もスタッフが多いとなれば、ポスドクの扱いは自然と適当になります。

  • 具体的には、研究部門全体で順番に回ってくる内部セミナーにポスドクが組み込まれてなかったりとか。これは自分が来る数年前に是正された(「もっと若い人にも発表の機会を与えよう」とかいう理由で)と聞いた。
    • 似たような話で、とあるグループのポスドクさん曰く、赴任当初はグループ内セミナーなどが全くなかったので、自分のグループに誰がいるのか全容を把握できなかったらしい。これも、スタッフ同士はもう知ってるので問題にならなかったものと思われる。


自分が、親しい人に前職場の不満を冗談めかして言うときの決まり文句は


「流しがない」「窓がない」「セミナーがない」


でしたが、これはそれぞれ


「人が溜まる場所がなく、誰がどこで何をしているのか分からない」
「大きな部屋にみんな投げ込まれていて、組織構成がさっぱり」
「新参者がもともといた人たちと交流するような場がない」


と言えなくもないかもしれません。
いや、もちろん、


物理的に流しがなくてコップをトイレで洗うのが嫌だったとか、
キュービクルが部屋のほぼ真ん中で窓が遠く外の様子が全く分からなくて気が狂いそうだったので、デュアルディスプレイの片方の壁紙を空画像にして、15分ごとに変わるようにしてたとか、
あまりにセミナーや学会参加の機会がなさ過ぎて、渡米後初めて英語でセミナーしたのが何故か名古屋での出身ラボでのセミナーで、それも渡米してから1年9ヶ月も経ってからだったとか、


そういう言葉どおりの意味も多分にありますが。

  • たぶん、ポスドクを5年やって、様子を十分把握した上でスタッフになったりしたら、この環境は非常に居心地の良いものになったと思う。でも、昨今の予算事情を加味する限り、それはかなり難しい。
  • あと、今回は全般的なことに集中したのでまったく書いてないけれども、研究内容の問題もあったりする。


まあとにかく、自分が経験した前職場の環境、特にポスドクという職の立場は、こういったものでした。


ただ、最後に明記しておきますが、もちろん、上に書いた(主に組織的な)問題についてどうにかしたいと思っているスタッフの人たちやポスドクの人たちはちゃんといるので、徐々に改善に向かっているはずです。

  • ポスドクで集まってランチにいく企画を立てる人が現れたりとか、前にも書いたとおりキュービクルの配置をグループ単位に一致させようとか。
    • でも自分そんなに待てないよ!流しも窓もセミナーもあるラボに行くよ!ごめんね!!というのが本音。流しでコップ洗ってるだけでこんなに喜びを感じる日が人生に訪れるとか予期してなかったし、修士の学生さんの発表練習を聞きながら幸せをかみ締めたりとか、廊下の終わりの所の窓から西日が廊下に差し込んでいるのに思わず目を奪われたりとか、もう現職場のありとあらゆる些細な事に感動できる。


次回(もしあれば)は、より個別の事情として研究内容および研究方法について書けたら書きます。

  • 今回の内容はほぼ事実を列挙しただけなのでいいけれども、研究内容や手法については、あんまり書きすぎるとあれなことに(ry

追記(という名の謝辞):
上のあれこれには先輩ポスドクだった韓国人の同僚から得た情報を多分に含んでいるはずなので、念のためacknowledgeをば。自分より3年長く在籍していたとはいえ、なぜ彼があれほどまでに情報通だったのか謎です。

  • ちなみに、自分が赴任から1年経つ前から次の職を探し始め、最初の任期である3年を待たずにここを退職したのには、赴任してきた直後に聞いたこの同僚の「出たかったら任期が終わる前に出たっていいんだぜ」の言葉があったからだったりする*7。この言葉がなかったら、無理して2年くらいは職探ししなかったかもしれないし、その間の精神状態がどんなものになったか、想像もつかない。


というわけで(ry

*1:とはっきり言ってしまおう、この際!

*2:このセンターがNIH内で外れたところに立っているのも、NIH内での知名度が低い原因だと思われる。NIHの人たちは建物の番号でどこの所属なのかを判別するのだが、メインのビル10周辺から離れてしまうと、番号を覚えてもらえず(ry

*3:ちなみに、この二つの部門は組織として完全に独立しており、普通のポスドクが普段の研究活動で開発部門に関わる事はおそらくないものと思われる。

*4:もっと世知辛い話もあるが憶測を含むのでここでは書かない

*5:どうしてこういう構造になったのかについて以前とある人から聞いたのだけど、憶測の域を出ないようなのでここでは触れない

*6:これが何故なのかはよく分からない。憶測だけども、このセンターは分野の拡大と共に規模を拡大してきたようなので、ポスドクがどんどんスタッフに昇格した結果、スタッフが蓄積されていったのかもしれない。

*7:当時、この同僚自身が出たがっていたのもあって、こういう発言になったものと思われる