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はてなダイアリーでは「へぴゅーNT/というわけで(ry」だった何か

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あけおめ in Japan

気が付けば年も明けて1月も後半に入ってますが、今更新しないと2013年は一度も更新しないような気配がするので、とにもかくにも覚えている事を記録しておきます。

  • 帰国直後に何を考えていたのか、何が起こったかを忘れてしまう前に書きとめておきたいのもあったり。


12月29日:9ヶ月と数週間ぶりに日本の地を踏む。これが永久帰国だとはまだ信じられない。

  • 成田に着いて、「おかえりなさい」の文字にふと苦笑する。何だかなあ、というのが正直な感想。
  • アメリカから送った船便の荷物が届くまでの間、生活するのに必要な全てが詰まった大量の荷物を引きずって、別送品申告書を出しに空港を端から端まで移動。税関の人が右の突き当たりと言ったので右側のカウンターに行ったら、実は左だったというオチ。
  • とりあえず実家に帰るべくバスのカウンターへ。「2100円になります」といわれ、ニセンヒャクが理解できない。2100であることは分かるが、そんな大金持っていたっけ?と思い、これがドルではなく円であることに気づき、1ドル=100円ならば2100円は21ドル程度である事に思い至り、それなら持っていそうだぞと財布を覗き込みつつ、さらに2100円は千円札2枚と百円玉1枚で払える事を思い出し、財布の中に青くてドル札より丈夫な紙2枚と、10セント硬貨より大きくて厚い銀色のギザギザがついた硬貨を探す。ここまでおよそ数秒。傍から見ると何となくもたもたしている人程度で済んだはず。
    • 3月に帰国したときも千円札に違和感を覚えたが、今回はまるっきり忘れていた。


12月30日・31日:時差ボケ真っ最中。もちろん年明けの瞬間まで起きていられない。紅白中にうっかり寝て、起きたらさだまさし

  • 日本に帰ったら買いに行こうと思っていた本を求めて本屋へ。520円を約5ドルに換算するまでは良かったものの、代金を払おうとして無意識のうちに五百円玉と百円玉2枚を握り締めている事にはっと気が付く。10セントと100円玉がどちらも銀色で縁にギザギザがついている故の間違い。10円は茶色くて100円よりさらに大きい硬貨のことであると思い出し、財布をごそごそする。まだ、ぎこちない。


1月1日〜3日: http://anond.hatelabo.jp/20130103040523

  • 衝動的に、誰かに読んで欲しくて書き付ける(=叫びだす)場所として増田が恐ろしく有効である事を身にしみて感じた。
  • 上の記事はフィクションです。実在のなんたらとは一切関係ありません…と言えたらどんなに良かった事か。実際はフィクション分5〜10%でつまりは95%ノンフィクション。思い出の中の品物は永遠に失われてもうどこにもない。


1月4日:初出勤、の前に転入届を出しに行くなど。退勤後は、毎年恒例の同期の忘年会/新年会。

  • 住民票の「米国から転入」の記載が、自分がアメリカにいた証のように思える。もちろんパスポートにビザは貼ってあるし、DS-2019だって持っているけれど、日本のシステムに「この人は海外にいました」と書面で言われたのはこれが初めてのような気がした。
  • 大変懐かしくもあり新しくもある職場に到着し、自分の机の所に積まれたPCの箱を開ける。セットアップをしつつ、最後にこんな事をしたのはいつだろうと思ってみる(たぶん学位取る前)。
    • 大量に発生したゴミであるダンボールや発表スチロールをゴミ袋に入るサイズに切りながら、内心「すごい!ダンボール切ったり束ねたりとか!久しぶりすぎてやり方忘れた!大学だ!これが!日本の!大学だ!!!」と妙に盛り上がる(あくまで内心)。
    • 前職場はありとあらゆるものがInstitute内のPC部隊によって管理されているので、セットアップ含めこういう作業は絶対に発生しなかった。逆に言うと、自分では絶対に何もしてはいけない環境。ソフトのインストールすらPC部隊にメールで頼む。
  • 新しい職場の食堂に行くが、「ピリ辛葱チャーシューラーメン」が読めない。ピリ辛という単語があまりにも久しぶりすぎて、うっかり「ピリ/辛葱」といった具合に間違って単語認識したため。あとチャーシューラーメンとかカタカナが続くのも読みにくい。日本語の識字能力が下がっている感じがする。
  • 毎年恒例の忘年会*1は、今年は新年会となってこの日に開催された。昨年欠席したので2年ぶり。でもほとんどの人はTwitterで見かけるので久しぶり感が少ない。
    • 同じ時期に1年間のドイツ滞在を終えて帰国した知人と、日本と海外の文化の違いについて語れたのが一番記憶に残っている。
    • 逆カルチャーショックというか、細かい習慣の違いが分からなくなっていて結構ストレスなのだが、意外とそれを打ち明けられそうな相手がいなかったりする。たとえば、バスに乗るときに運転手に挨拶しないのが気持ち悪かったり、レストランで会計するときに伝票の上に十分なお金を置いても帰ることはできない、等々。
    • 3月に帰ったときはそれほどでもなかったのに今回はかなり違和感を感じるのは何故なのか、色々考えるがはっきりした理由が思い浮かばない。唯一の心当たりは、前回は滞在後満2年を迎える前で、今回は2年と7ヶ月が経過した事。英語の喋りやすさが満2年に近づいてから急に変わった(一段と喋りやすくなった)ので、2年過ぎた辺りでトランジッションというか、知らない間により向こうの文化に馴染んだのかもしれない。


1月5日:いよいよ国内引越に向けて具体的に行動する。

  • 「海外から引っ越してきてまた国内で引越する」という状況を口頭で説明するのは意外と面倒なことを実感し始める。一回実家に滞在して、でもそこからまたさらに…という辺りが特に。しかも、実家自体も自分とは別に引っ越すのでさらにややこしい。
  • そして日本で部屋を借りる際の初期費用の高さに嘆息する。特に関東。礼金とか何のためにあるのか。地味に仲介手数料も他と比べて高いように思う。


1月6日の週:なぜか採用手続きが遅れていたらしく色々なものが遅延する。前ボスとの仕事をぼちぼち再開。並行して引越の準備もする。

  • 部屋を借りるに当たって収入証明を出せといわれる→月収の書かれた採用通知書がこない→今決済に回っている原案の状態のものを送る→これ3月末までの採用だけど4月以降は?とつっこまれる→4月からは職場は同じででもお金の出所は別で、採用は内定してるけど政府の来年度予算が通らないとこれもまた採用通知が(ry
    • 大学の特殊事情をすごく頑張って説明。これで借りられなかったらどうしようかと(結局、週末に無事借りられる事が分かって一安心)。
  • この日記を書いている16日時点でもまだ色々遅れまくっている。具体的に言うと採用通知書がまだ来ない。実害はあまりないけども…。
  • 新しいPCに、以前使っていたInkscapeやらRやらNotepad++やらのソフトウェアを全部そろえて、さらにVirtual Box+CentOSLinux環境を整えたら格段に仕事しやすくなったので、とりあえず前の仕事を再開する。まだ投稿していない論文をどうにかする作業。ちなみに新しいPCは自分の都合で英語版OSの英語版キーボードにしてもらったのだけども、お蔭で全く違和感なく作業が出来ている。有難い限り。
  • 引越の箱詰め。前述の通り自分の荷物は非常に少ない(少なくなってしまった)のだけれども、名古屋から持ち帰ってアメリカに持っていかなかった荷物(ほぼ全て研究室に置いていた専門書等)だけは箱に入っていたせいか手付かずで残されていたので、それをつめ直す作業が主。
    • その過程で雑誌「生化学」を全部、「生物物理」の大半を処分。ほとんど会費払ってるだけだった前者はともかく、割とせっせと学会に出ている後者はちょっと心が痛んだけども、内容はWebでも読めるので巻頭言が面白いものだけとっておく事に。

でもって、1月13日の週こと今週はついに国内引越の予定です。

  • ついこの前転入届を出した役所に、今度は転出届を出しに行く空しさ。ただしどこかにまず転入しないと部屋が借りられない(はずだ)し、一応帰国後14日以内に転入届を出さないといけない事にになっているので、仕方ない。


というわけで(ry