Segmentation Fault

はてなダイアリーでは「へぴゅーNT/というわけで(ry」だった何か

lever

もうすぐ再び日本から去るので思った事をまとめる

さほど分量無い上に非常に限定された範囲の話なのでTwitterで書けるかと思ったのですが、意外とまとめにくい&整理するのに十分なスペースが必要だと感じたのでここに書き付けます。

  • 「やばいポストの色忘れてたwww赤いwww」とか「コンビニで愛想よくへーベルハウスごっこ(『Hi!』)しなくても物が買える!」とか「すっごいどうでも良さそうなことをまったり議論しても許されて、しかも話が脱線しても戻す圧力がかからないとか幸せすぎる」とか、書こうと思えばくだらない事から仕事の仕方の違いまでなんだって書けるけれど、単なる経験のひけらかし以上の何かになりそうな気がしないので書かず。
    • そもそも仕事の仕方・進め方なんて、日米比較というより前のラボと今のラボの比較にしかならないわけで。

で、久しぶりに知り合いの方々と話してみて思ったことですが…

  • 分野外(非アカデミック)の同期と話したときは「海外滞在=海外出張や海外旅行の延長」という方面から理解されることが多く、大抵は「海外だとこんなことあるよね」トークに落ちるので割とやりやすかった。海外経験が多くない人は適当に想像の範囲内で思った事を言ってくれるのでこれもまた話しやすかった(注:自分も今回の渡米を除けば圧倒的に経験が少ないので、この「想像の範囲内」トークはとてもよく分かるし受け答えに窮することも少ない)。
    • 同期の一人に「で、アメリカに行ってどうよ?」と言われ、別の同期がすかさず入れた「『マイルがたまる』?」という茶々が最たる例。何かを期待しているわけではなく、あくまでニュートラルな「どうよ?」に答えるのはかなり難しいので、この茶々のおかげで相当助かった。
  • それに対してアカデミックな人たちと話すと「海外ポスドク=何かが特別」というフィルターを多かれ少なかれ感じるので、そこはかとなくやりにくい。このやりにくさの厄介なところは、この「何かが特別」をNIHに滞在している他のポスドクの人の言説からも感じることがあって、しかも「日本にいる人が抱いている『何かが特別』」と「海外にいる人が自負している『何かが特別』」がきれいにかみ合っているように思える点。
    • 「何かが特別」をもうちょっと展開すると、見えないハードルを越えて外に出た、とか、外の世界を体験した、とか。他にも色々ありそうだけれども言葉にしにくい。

今から書くのは今この瞬間に思っていることなので、後から撤回したくなりそうなことうけあいなのですが…
海外を無条件で賛美するのがアホらしいのと同じく、海外に行った人を無条件に特別視するのもアホらしくて、さらに言えば海外に行きたがる人をやたらと褒めるのも上記の「何かが特別」感を助長するので止めた方がいいように思えます。

  • 個人的には、どうしようもなく眠いから机に突っ伏して寝るくらいの気軽さと自然さとどうでもよさを持って海外行きをとらえたい(し、今はそういう気分で過ごしている)のですが、果たして。
    • つまりは「東京から名古屋に異動なんだって」と「名古屋からワシントンDCに異動なんだって」が同じスケールで語られるべきだよな、といったところか。職種や業種が変わるならまだしも、自分の場合やることほとんど変わってないんだから場所が変わったくらいで騒ぐべきじゃないな、とも。8ヶ月目に突入した時点での素直な感想。

ちなみに今日のタイトルの"lever"は、へーベルハウスのへーベルがドイツの会社であるhebel(てこ、英語ならlever)に由来しているらしいというあたりから来ています。

  • てこの原理はドイツ語だと"Hebelgesetz"の模様(Wikipediaから適当に探索)。
    • 英語タイトルシリーズに飽きたらドイツ語シリーズをやるのも楽しいかもしれない。


というわけで(ry