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はてなダイアリーでは「へぴゅーNT/というわけで(ry」だった何か

dent

最近の話題から(博士の学位の話、あとミカン)

今日ははてなブックマークで微妙に話題になっているこのスライドについて、ちょっとだけ書いておこうかと思います。

  • ブックマークコメントではスペースが足りなかったので。

http://matt.might.net/articles/phd-school-in-pictures/

で、見て頂ければわかるのですが、小学校→(中略)→大学→修士→博士→学位ゲットの流れの中で、個人の知識がどのように深まっていくのか、そして博士号を取るとはどういうことかを図にしたスライドです。

  • 最後はお約束の「学位取るころには超近視眼的になりがちなので全体を見失わないようにね」。
  • おそらく普通の読みだと「学位を取るころにはもう視界の7割くらい自分の研究テーマやらやったことで占められてると思うけど、全体像の中ではほんの小さなでっぱりなんですよ。人類全体の知識を少しだけ広げただけなんですよ」となるのだろうけど、どうも自分は何かが逆だったらしくこの絵を見てえらく感激してしまった。

ブクマのコメントにて「何故だかわからないけどこのdentとやらを(拡大図でなく)全体像bigger pictureの中で見たら逆に感動して博士号取ってよかったと心から思った。」と書きましたが、何故なのかよくよく考えてみたところ、どうも自分は最初からもうちょっと引いて見ていたようです。具体的には、


「まあ本人は悶え嘆き苦しみまくりながら壁を押してるけど、ぶっちゃけ傍から見てればちっぽけな上にそもそも何やってるか意味不明ですよね」
「ようやく壁を少しだけでっぱらせて(知識を広げることに成功して)も、世界全体からしたらあまりに小さすぎて見えませんよね」


と思っていただけに、最後の全体像で「でっぱり」がちゃんと見える大きさに書かれている事に感激したのだと思われます。

  • 見えるサイズなんだ!という感激。もしスライドの最後の絵がでっぱりをゼロにして描かれてたら多分感動しなかった。

そんな訳であまり脈絡はありませんが、学位/研究に対する引いた見方つながりで、博士2年くらいのときによく頭をよぎった「自分の研究についての謎のイメージ@ミカン編」というのを思い出したので、ついでに書いておくことにします。

  • 最近このイメージがよぎる頻度が減ったので、忘れる前の記録も兼ねて。

「巨大なミカンの山(ほとんど無限個からなるミカンの山)にそうっとこっそり近寄って、その裾野に自分のミカンをぽんと一個置いて、ダッシュで逃げ去る」
「傍から見る限りでは(上の方にあるならまだしも)裾野のミカンなんてどれもだいたい同じだし、そもそも誰もミカンが増えたことに気付かない」
「それでも自分は自分のミカンを置きに行く、あくまでこっそりダッシュで」


残念ながら、なぜミカンなのかは自分でもよくわかりません。

  • ミカン山がリンゴ山やメロン山より想像しやすかったのだと思われます。あと、メロン持ってダッシュとか結構大変だし。

追記:
ブックマークのコメントにはもう書きましたが、この同心円Ph.D.プレゼンのエントリ(原文)には、最後の最後に重要な絵があります。ブックマークの他の方のコメントで気がつきました。

  • 他のブクマにもあるように、Related Entriesが見えたからもう終わりかな、と思って閉じてしまった。たいへん迂闊。

この最後の絵を見ずにあれこれ書いた事を恥ずかしく思いつつ、なんというか、普段は忘れているけれど、少なくとも自分にとっては壁を押す原点はたぶんこの最後の絵なんだろうなと思ってみます。もちろん、輪の外側にあるものは原文エントリとは違いますが。

  • またの名を、たとえ誰も見ていなくてもミカンを(のんびりでもゆるゆるでもなく)ダッシュで置きに行く原動力。


というわけで(ry